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笠岡諸島物語 白石島編

2 白石島 SHIRAISHIJIMA ~マリンレジャーと伝統の息づく島~
白石島

島名の由来通り非常に風光の開けた、明るい印象の島です。

①白石港には2つの港があり、一つはフェリー専用の岸壁、もう1つは客船用です。周囲10kmの島に約650人の島民が暮らしています。島の主な産業は漁業と観光です。農業はほとんどが自家消費モノです。また、近年瀬戸内海全般において漁業資源の減少に悩んでおり、白石島の沖合において海洋牧場の研究・実験が行われています。


白石港
↑深い入江状になっている白石港。港の水面の穏やかさは特筆モノで、昔から潮待ち、風避けの港として知られています。

この島も古い歴史を持ち、散策に丁度良い大きさと自然景観の素晴らしさが多数の人々を引き寄せています。散策と言えば、古い街並と人々の組み合わせはなかなか趣があり、絵になる島です。もう少しハードな島歩きになると奇岩・巨石を巡るハイキングコースが設定されており、上級者向けのトレッキングコースもある立石山(笠岡十名山)など初級者からマニアまで楽しめます。特に③高山展望台はお勧めです。全周ぐるりと瀬戸内の多島美を堪能できます。夏であれば人々の遊ぶ②白石島海水浴場、稜線の中腹には④国際交流ヴィラも見えます。

海水浴場
↑夏本番直前の海水浴場。水質は大変良好で多様なマリーンレジャーが楽しめます。

この島も物語の題材に事欠かない地で「波切不動」、「市郎兵衛の力石」、「鬼ケ城」、「鎧岩」(国の天然記念物)など想像をかき立てる名称が並びます。白石は昔から天然の良港であったため、江戸期には西国大名たちが海路を利用しての参勤交代時に潮待ち、風避けに白石港を利用した記録が残っています。また、あの伊能忠敬も日本全国沿岸測量をする際、この島を訪れています。

高山展望台
↑高山展望台より眺めた白石島北方の風景(昭和15年の写真)。男性たちは島の古跡研究会という会の有志たちで、中央左・カゴに乗っている人は東京から来訪の国府博士。現在と違い禿山が目立ちます。

歴史の話ついでにもう少し時代を遡りますが、元禄4年(1691)の冬、オランダ商館付きのドイツ人医師、エンゲルベルト・ケンヘルの日記に「白石島」についての記述があります。【2月21日・・・・・・風向きは良好、われわれは鞆より7海里を帆走して、左舷にシーレイシ(白石)と呼ばれる島を見る。日没までまだ1時間ほどあるが、この先しばらく他の良港はないので白石港に錨を下ろした。村は50戸ばかりの集落で北に開けた入江の一端に位置し、気持ち良く耕作された丘に囲まれている。村の背後の山頂には、厳窟の中に弘法大師なる仏があり、島人の崇拝するところである。】 湾には他に12隻の船がいた模様で、白石の港が昔から利用されていたことと、勤勉な人々による美しい段々畑、また信心深い島民の生活の一部が垣間見えて興味深いものです。

国際ヴィラ
↑国際ヴィラを正面玄関より。海側ベランダよりの瀬戸内海の眺めは格別。また、夜景は現在流行の工場地帯イルミネーションが遠望できます。

こうしてみると、この頃からの地理的変化としては湾の奥部の浅い浜を埋め立ててできた畑地10余ヘクタールの造成地の出現くらいなもので、驚く程昔の面影を残しているのが今の白石島だと思います。


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